ギャラガ誕生30周年
GALAGA 30th ANNIVASARY

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ギャラガが登場してから、もう30年が経過しました。
早いものでギャラガも初代アーケードゲームが誕生したのが1981年7月23日。それから約30年経過しました。そこで1981年当時の事を少し振り返ってみます。

(別に振り返らなくてもいいんだが)

1981年の主な出来事
(世界編)

・スペースシャトル コロンビアが初の打ち上げ
・IBMがマイクロソフトのDOS搭載のIBM PCを発売
・映画はハリソンフォード主演のレイダース/失われたアークが人気
・ダイアナ妃、チャールズ・ウィンザーと結婚
・メジャーリーグワールドシリーズはロサンゼルス・ドジャースがニューヨーク・ヤンキースを4勝2敗で下し世界一

スペースシャトルって「再利用可能でコスト縮小」が当初のウリだったが、事故で維持費が20倍になって退役したんだな。ダイアナ妃はその後離婚して交通事故死するとは夢にも思わんかった。 名門ドジャースは球団経営は借金まみれで数年前の選手年棒が払えんらしい。
(日本編)
・NECがPC-8801を発売
・プロ野球は巨人が日本ハムを4勝2敗で下し日本一。(近鉄バファローズは前年優勝からこの年最下位。西本監督は勇退)
・プロレス大賞MVPはアントニオ猪木
・寺尾聰「ルビーの指環」がヒット
・神戸市でポートピア'81が開幕
・フジテレビ「オレたちひょうきん族」放送

この頃は当然ながらインターネットや携帯電話は無く、テレビがメディアの頂点でした。それだけにテレビに注目度が集まり、子供からお年寄りが認める国民的スターなんていうのも存在していました。


BEEP音しか鳴らない上に画面描画が遅いPC88。  日本一の藤田巨人の「王『助監督』」ってポストは何?)。 寺尾聡は西部警察のイメージしかなかったがこれは名曲だった。 今は閉鎖されたポートピアランド(テーマ曲はゴダイゴ)。 「8時だよ全員集合」を潰した「ひょうきん族 」(その後「カトちゃんケンちゃん」に潰し返されるのだが。)

1981年の主なゲーム
・ニューラリーX(ナムコ)
・ドンキーコング(任天堂)
・フロッガー(コナミ)
・QIX(タイトー)
・ボーダーライン(セガ)

この頃はまだまだテレビゲーム黎明期で、前年に登場したパックマン(ナムコ)の影響なのか、まだアクションゲーム全盛でした。翌年の1982年末にゼビウスが登場すると1990年頃までシューティングゲームが全盛になります。 家庭用ではファミコンはまだ登場しておらず、家庭でゲームを楽しむには電子ゲーム(ゲーム&ウォッチやLSIゲーム)、カセットビジョン、8ビットパソコンのクローンゲーム位しかありませんでした。
(電子ゲームについては、T鈴木さんの帰ってきた電子ゲームのサイトがとても詳しいです)


「クレージーコング」って結局任天堂に正式ライセンス取っていたのかな? AC版フロッガーのBGMって今では絶対にJASRACに訴えられるんだろうな。 QIXって海外で人気だったが、日本ではイマイチ人気が出ず、テコ入れで「スーパー」や「ヴォルフィード」なんて続編作ったが、やはり人気が出ず、最終的に脱衣要素が入った「Gals Panic」を出してしまうんだな。

当時のギャラガ等のアーケードゲームのプレイ環境
ギャラガ登場時は真っ先にゲームセンターにテーブル筐体として設置されました。 当時のゲームセンターは不良の溜まり場というイメージが強く(実際に多かったですが)、多くの小学校ではゲームセンターへの出入りは禁止されていました。 またゲームセンター以外では、駄菓子屋やスーパーやデパートの屋上等で立ちプレイのアップライト筐体として多く設置されており、小学生の多くはここでゲームを遊んでいたようです。

実際当時のゲーセンではよくカツアゲに逢いました(店員は見て見ぬふり)。 しかし今見るとテーブル筐体って異質だな。こんな筐体のパソコンや据え置き型ゲーム機なんてあっても人間工学的にも体に負担が掛かりそうだ。


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